京都地方裁判所 平成6年(ワ)3284号 判決 1997年12月10日
京都市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
浅岡美恵
同
木内哲郎
東京都中央区<以下省略>
被告
株式会社コーワフューチャーズ
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
山田庸男
同
鈴木敬一
同
小泉伸夫
同
宮岡寛
同
李義
同
岡伸夫
東京都杉並区<以下省略>
被告
Y1
主文
一 被告株式会社コーワフューチャーズは、原告に対し、四五〇万円及び内金四一〇万円に対する平成五年九月七日から、内金四〇万円に対する平成六年一二月一三日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告Y1は、原告に対し、四五〇万円及び内金四一〇万円に対する平成五年九月七日から、内金四〇万円に対する平成七年一月一八日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
本件は、被告株式会社コーワフューチャーズ(以下「被告会社」という。)に勤務していた被告Y1(以下「被告Y1」という。)、B(以下「B」という。)及びC(以下「C」という。)が、原告に対し、被告会社の組織的連携と分担によって、先物取引の違法な勧誘及び取引受託業務をおこなったとして、原告が、被告Y1に対しては、不法行為に基づき、被告会社に対しては、不法行為ないしは民法七一五条に基づき、右取引による出捐金四一〇万円及び弁護士費用四〇万円の合計四五〇万円の損害賠償金及び内金四一〇万円に対する右取引終了の日である平成五年九月七日から、内金四〇万円に対する訴状送達の日の翌日(被告会社につき平成六年一二月一三日、被告Y1につき平成七年一月一八日)から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
一 争いのない事実等
1 当事者
(一) 原告は、昭和四五年○月○日生まれであり(甲一一)、高校卒業後、製紙工場に勤めた後、平成三年六月、有限会社aに入社し、弁当販売業「○○屋」で稼働し、平成四年五月から、京都市<以下省略>において「○○屋」(以下「原告店」という。)の店長として独立した(平成五年三月一八日当時、原告が原告店の店長であった事実は原告と被告会社との間では当事者間に争いがない。甲二六、原告本人尋問の結果)が、被告Y1から、商品取引の勧誘を受けるまでは、商品取引の経験がなく(原告と被告会社との間では当事者間に争いがない。原告本人尋問の結果)、かかる取引に対する知識も参入の意思も有していなかった(原告本人尋問、弁論の全趣旨)。
(二) 被告会社は、商品取引所法の適用を受ける商品取引所の市場における上場商品の売買及び取引の受託業務等を業とする株式会社である(原告と被告会社との間では当事者間に争いがない。弁論の全趣旨)。
(三) 被告Y1(平成四年春から平成五年六月までの間)及びB(平成三年八月から平成九年二月までの間)は、被告会社の外務員であり、被告の従業員であった(被告Y1が平成五年三月当時被告会社の外務員であった事実は各当事者間に争いがない。B証言、弁論の全趣旨)。
2 被告会社の勧誘と注文受託
(一) 被告Y1は、平成五年三月初旬、原告に対し、電話で商品先物取引を勧誘した。原告は、当初これを断っていたが、その後の電話で、平成五年三月一八日、原告店で面談することを約した。原告は、右同日、原告店において、被告Y1と面談の上、商品先物取引をおこなうことを承諾して約諾書を作成し、翌三月一九日(金曜日)、先物商品であるパラジュウム二〇枚の買建注文をおこなって、委託証拠金一四〇万円を支払った(原告と被告会社との間では当事者間に争いがない。乙九の一、同一〇の一、同一四の一)。
(二) 原告は、平成五年三月二二日(月曜日)、先物商品であるゴム六〇枚の買建注文をおこなって、そのころ、委託証拠金二五〇万円を支払った(原告と被告会社との間では当事者間に争いがない。乙九の一、同一〇の一、同一四の二)。
(三) 原告は、Bのアドバイスを受けて、平成五年三月二五日、前記パラジュウムを仕切って、同日、パラジュウム二〇枚を買い足し、同月三一日には、これを仕切って、さらにパラジュウム二〇枚、ゴム一五枚を、同年四月一日にはゴム一〇枚を買い増しするなど、別紙一覧表に記載のとおり、先物商品の取引をおこない(以下「本件取引」という。)、同月一日委託証拠金六〇万円、同月七日委託証拠金四〇万円を支払った(委託証拠金支払の事実及び同年四月一日までの間の本件取引の事実は、原告と被告会社との間では当事者間に争いがない。乙九の一及び二、同一〇の二、B証言、原告本人尋問の結果)。
(四) 原告は、被告会社に対する委託証拠金の中から、平成五年四月一四日に五〇万円、同月一五日に八〇万円の返還を受けたが、被告会社から損金が生じたとして追い証を求められ、平成五年四月三〇日、六〇万円を支払った(原告と被告会社との間では当事者間に争いがない。乙一〇の二、B証言、原告本人尋問の結果)。
二 主たる争点
1 被告会社従業員らの原告に対する勧誘から本件取引受託業務に関する一連の行為は、社会通念上許容されない違法な行為であり、不法行為を構成するか。
(原告の主張)
商品取引員である被告会社及びその使用人である被告Y1ら外務員には、商品先物取引の知識も経験もない一般顧客である原告を勧誘し、受託業務をおこなうにあたっては、原告の経歴、能力、商品先物取引についての知識、経験の有無・程度、資力、性格を十分に調査把握した上、原告に商品先物取引の仕組み、取引手法、危険性を充分に理解させ、その自主的な意思と判断をもって合理的な取引ができるよう勧誘及び取引受託をおこなうべき注意業務があるにもかかわらず、被告会社及びその使用人である被告Y1、B及びCらは、以下のとおり、右注意業務に違反した勧誘及び取引受託をおこなったもので、これらの一連の行為は、社会通念上許容されない違法な行為であり、不法行為を構成するものである。
(一) 事実経過
(1) 原告は、昭和四五年○月○日生まれであり、b商業高等学校を卒業後、製紙会社に入社し、工員として稼働していたが、平成三年六月ころ退職し、弁当販売業「○○屋」に勤務し、平成四年五月から、京都市<以下省略>において「○○屋」の店長となった。勤務の内容は弁当調理と接客であり、勤務時間は、午前一一時から午後一一時ころまでで、休日はほとんどなかった。原告は、日常的に新聞などの活字を読む習慣がなく、テレビもほとんど見ることがなかったことから、社会経済情勢に疎く、年齢的にも、社会的経済的にも未熟であり、本件に至るまでは、先物取引はもとより株式取引の経験もなかった。
(2) 原告は、平成五年三月ころ、被告Y1から、突然、電話による商品先物取引の勧誘を受けたものの、興味がなく断っていたところ、その後も、二、三度、同被告から電話があり、しつこく勧誘を受け、一度会って話だけでも聞いてほしいということであったため、話を聞くぐらいであればと、同月一八日(木曜日)に比較的接客の少ない午後三時ころ、原告店で面談することを約した。
右同日、原告店を訪れた被告Y1は、原告に対し、パラジュウムのグラフを示して、「今は底値だから、これ以上は多少下がっても、あまり下がらない。これからは上がる。」などと、パラジュウムをいくら買えば、いくら儲かるか、商品先物取引がいかにすばらしい取引かといった話を次々とおこない、「値が下がって損をすることはないのか。」といった原告の質問に対し、「値が下がっても、それ以上損をしないように取引所でストップがかかる。上がるようであれば、追い証を払えば取引を続けられるし、下がるようであれば、売りから入れば利益が出る。やり方次第で、結果的には損にならない。」と答えたことから、原告は、取引した商品が上がっても、下がっても、利益があって、心配はないと理解し、同被告は先物取引の豊富な知識、経験、能力を有するものと信用した。また、原告は、被告Y1に対し、手元に資金が十分にないことを告げると、被告Y1は、「他から借りてでも商品を買ってください。今パラジュウムをすれば、一番儲かる。エリツィンが失脚してパラジュウムが上がるから今がチャンスなので、借りてでも始めないといけない。借金しても大丈夫だ。」と自信をもって勧めたことから、原告は、同被告がそこまで言うのであれば、間違いないと考え、先物取引を始めようと決心した。
被告Y1は、最初はパラジュウム二〇枚の買建てをおこなうのがよいと勧め、そのためには一四〇万円の証拠金が必要であると説明した。しかしながら、原告は、普通預金が六〇万円程であり、定期預金を担保に銀行から借入できる四〇万円程を加えても、一〇〇万円しか用意できない状態であったことから、被告Y1にその旨を話したところ、同被告が他に何とか融通できる金がないかとしつこく尋ねたことから、原告は、「○○屋」の新規借入れの予定があり、その保証金として、原告の母親から三〇〇万円を二、三ヶ月借入することで了解を得ていることを話した。すると被告Y1は、「そのくらいの期間があれば、十分です。後は儲かった分で続ければよい。」と、右借入金から一時融通するよう勧めたので、原告は、「二、三カ月の間だけですよ。」と念を押して、金策を了承し、同被告が言うがままに委託契約書に署名、押印した。売り時については、被告Y1から連絡するので、大丈夫であると断言されたことから、原告は、同被告に任せることとした。その際、原告は、被告Y1から、書類(受託契約準則、商品先物取引委託ガイド)を渡され、読んでおくように言われたが、同被告から、右書類の内容についての詳しい説明はなく、先物取引が危険な取引であるといった具体的説明もなかったこと、日常的に活字に馴染むことのない原告としては理解困難であったこと、専門家である同被告に任せるのだから大丈夫であると思ったことなどから、右書類を読まなかった。
原告は、普通預金六〇万円を全て引き出し、銀行から一〇万円の借入れをおこなって、これに原告の母親から借り入れた七〇万円を加えた一四〇万円を、翌三月一九日(金曜日)、原告店に取立てに来た被告Y1に支払った。
(3) 被告Y1は、右同日、原告に対し、電話で、パラジュウムが値上がりしていることを報告するとともに、また原告店を訪問したいと申し向けてきたので、原告は、平成五年三月二二日(月曜日)午後三時ころに、原告店で面談することを約した。右同日、原告店を訪れた被告Y1及びBは、原告に対し、ゴムの値動きを記載したグラフを示して、「ゴムは今が底値です。これから下がることはありません。絶対上がるから大丈夫です。一〇円上がれば二〇〇万円で二〇〇万円の利益がでます。今すぐ買うほうがいいです。お金は遅れてもいい。是非買ってください。」と勧誘した。右グラフは、同月一五日までの値動きしか記載されておらず、一六日以降ゴムは値下がりしていたにもかかわらず、Bらは、原告に対し、同事実を秘匿して、右グラフの続きに右上がりの線を書き加えて、グラフ中の最高高値である一二〇円まで値上がりするかのような説明をおこなった上、ゴムの買付けは六〇枚からであるとして、委託保証金として二五〇万円用意するように申し向けたところ、Bの説明を信じた原告は、ゴム六〇枚の買建注文をおこなった。
原告は、婚約者のDからの借入金四〇万円、母親からの借入金二一〇万円の合計二五〇万円を被告Y1らに手渡したが、同月二四日、余分に預かりすぎたとして一〇万円の返金を受けた。
(4) その後も、被告会社従業員から原告に対して電話があり、本件取引がおこなわれていったが、特殊専門的な言葉遣いが多く、原告としては理解できる内容ではなく、その内容も従前と同様の勧誘の繰返しであったことから、取引は一任状態であり、ましてや原告から指示して取引することは一切なかった。電話は、被告Y1及びBの上司であるというCからであったが、原告としては、被告Y1に任せてくれと言われており、同被告が原告のために最善を尽くしてくれているものと信じていた。また、原告は、客観的な取引状態の理解ができず、追い証の請求を受け、支払わないと大損になると言われると、支払わざるを得ないものと思って、借入れを繰り返し、あるいは原告店の運転資金を流用して、その支払をおこなった。そのうち、被告からの電話自体がかからなくなって、無断売買の状態となった。被告から送付される売買報告書の記載はマイナス状態となっていたため、原告としては、取引をやめるにもやめられない心理状態に追い込まれた。不安になった原告が、証拠金の取立てに来る被告Y1に「大丈夫か。」と尋ねたり、被告会社に電話をしても、いずれも「挽回するから大丈夫。」という説明が繰り返されるのみであったが、借入金や店の運転資金まで注ぎ込んでいる原告としては、被告会社を信用する以外になかった。
(5) 原告は、原告店の運転資金にも窮するようになって、貸金業者から一〇万円の借入れをおこない、「○○屋」の新規開店の話も進められなくなり、母親に借入金は先物取引に使用してしまったことを告白せざるを得なくなった。母親の勧めで、京都弁護士会の「先物取引一一〇番」の電話相談に電話した原告は、弁護士から、すぐに取引をやめるようにアドバイスを受けたため、被告会社に電話してその旨を伝えたが、電話に出たCは、「損をさせたままではやめられない。これから挽回するから任せてほしい。」などと仕切らせず、原告は、取引を止めることはできないもの思ってこれを了承した。さらに借金の増えた原告は、平成五年八月末、弁護士会の消費者サラ金相談窓口を訪れ、原告代理人と出会って、同年九月六日の原告代理人から被告会社に対する内容証明郵便によって、本件取引を終了することができた。
(二) 違法性
(1) 勧誘時の違法性
① 不適格者の勧誘
先物取引は、高度の危険性を有する取引であるから、先物取引市場の参加者は、市場に参加し、自己決定・自己責任の原則にもとり取引できる資格を有する者のみに限られる。すなわち、先物取引の仕組みを理解し、危険性を承知し、先物取引の対象たる商品についての十分な知識があり、自分で自主的に相場判断ができ、投入する余裕資金がある者でなければならない。
しかしながら、原告は、本件取引当時、弱冠二二歳という若年であって、商業高校卒業から四年程度で、未だ社会人としての十分な経験を積んでおらず、先物取引をおこない得るような、社会、経済、政治等に関する知識経験も備わっておらず、判断能力も不十分であったと言わざるを得ない。加えて、平成四年五月に「○○屋」の店長になったものの、同年の年収は九〇万円、平成五年で二四〇万円と、生活していくのがやっとの状態であって、自己資金及び余裕資金は全くなかった。
被告Y1が、このような原告を無差別電話勧誘によって、取引に参入させたことは、不適格者の勧誘に該当し、また、被告Y1作成の顧客カードには、原告の年齢が「三〇歳」、年収が「八〇〇万円」、資産が「五〇〇万円」と、いずれも全くの憶測による記載がなされており、右記載は事実に反するものであることから、その違法性は明白である。
② 断定的利益判断の提供
顧客に対し、商品市場における売買取引につき利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して、その委託を勧誘することは、商品取引の投機的本質を誤認させることであり、強く禁止されている(商品取引所法九四条一号、定款一三八条一号、受託契約準側二二条二号)。そして、断定的判断の提供であるか否かは、相対的な問題であるとともに、顧客を操縦する一手段、一断面にしか過ぎないのであるから、前後の脈絡の中でその顧客を誘導するに充分なものであるか否かを、その時に顧客のおかれた状況に照らし、判断すべきである。
本件において被告Y1が提供した情報内容は、値上がりの可能性を示す判断材料のみであって、値下がりを示す判断材料の提供は皆無であり、さらに、「値が下がっても、それ以上損をしないよう取引所でストップがかかる。」といった虚偽の内容をも含むものであり、原告に対する先物取引の投機性に関する説明は欠如していたため、先物取引の知識の全くない原告にすると、損はしないで得するだけという説明を受けたものと評価するほかない。
(2) 取引継続時の違法性
① 新規委託者保護義務違反
昭和五三年九月以降、商品取引員たる各会社において新規委託者保護管理規則が設定されているが、これらは、単なる内規ではなく、商品取引業界における規範として、顧客との問屋契約上の注意業務の具体的内容となっていると考えるべきである。
受託業務適正化推進協定第二号により、新規委託者については、商品取引に関する知識・理解度及び資力等を勘案し、適正に売買取引がおこなわれるように助言し保護するため、一定の保護育成期間(最低三ケ月)を設け、受託枚数を全商品二〇枚以内に管理することが義務付けられており、新規委託者から二〇枚を越える建玉の要請があった場合は、売買枚数の管理基準に従って適格に審査し、過大とならないよう適正な売買取引をおこなうこととされている。
本件においては、取引開始後三日目に六〇枚の建玉を始め、その後の増玉の際には何らの審査をおこなっていないのであって、前記枚数制限を全く無視した取扱いがなされている。そもそも原告は、新規委託者保護管理規定の内容の説明を受けておらず、受けていたならば、二〇枚を越える取引に応ずることはなかったものである。また、被告会社としては、二〇枚を越える建玉を許可するにあたっては、顧客の資産状況、収入、経験、理解状況を把握することが必要不可欠であり、そのためには顧客カードの正確性が重要となるところ、前記のとおり、同カードには全くの推測による記入がなされており、別途確認の手段も全く取られないまま、被告会社は二〇枚を越える取引を許可しているものである。
また、受託業務指導基準によれば、新規委託者については、委託証拠金の返還時期との関連及び早期に取引の仕組みを理解させる上からも、その都度損益金の受払をなし、振替えをおこなわないこととしているにもかかわらず、本件取引においては、こうした手続が全くなされていないものである。
② 断定的利益判断の提供と過当取引
Bは、平成五年三月二二日、グラフを使用して、「ゴムは今が底値です。これから下がることはない。絶対上がるから大丈夫。一〇円上がれば二〇〇万円で二〇〇万円の利がでます。今すぐ買うほうがよい。お金は遅れてもいい、何とか都合をつけてください。」などと、既にゴムの値が下がっている事実を告げず、値上がりが確実であるといった説明をおこなって、先物商品であるゴム六〇枚もの取引(新規委託者保護違反に該当することは前述のとおり)をおこなわせた。右は、Bの断定的な利益判断の提供による勧誘にほかならない。
③ 実質的一任売買
原告は、被告Y1に取引は全て任せておけば大丈夫と言われたこと、そもそも原告には、いかなる商品をいつ、どのように売買すべきか判断する能力、知識、経験、資料もなかったことから、電話によるBらの推奨するままに、被告主導の反復売買が繰り返された。原告は、取引の当初から、自ら取引を指示したことは全くなく、被告会社に対して仕切りを求めた際には、被告会社従業員に聞き入れられなかった。
したがって、本件取引は、被告側によっておこなわれたもので、実質的無断売買、一任売買と言うほかない。
④ 両建による因果玉の放置
両建は、建玉であるから、当然売り買い双方に証拠金を必要とする上、委託手数料も両建しない場合の倍額を必要とする。仕切れば、損金が確定するが、建玉はなくなるのであって、両建は、両建した時に仕切った場合と同額の差益金が実質的に確定しているのであるから、委託手数料が余計にかかるほかは仕切った場合と同じである。両建は、双方から証拠金を徴収されなかった時代に、迷った時に様子を見るために用いたり、追い証拠金を準備する時間稼ぎのために用いた手法であって、今日これをおこなう意味はなく、現実には、証拠金を二倍出させ、手数料を二倍支払わせる方法として悪徳業者の常套手段となっており、取引書指示事項一〇項で禁止されているところである。
本件取引は、四月二一日以降は常時両建状態で、利の乗った玉を仕切って建て直して手数料稼ぎをし、かつ取引全体として損益状態を見失わせて因果玉を放置するというものである。
(三) 違法行為の組織的連携
被告会社では、新規委託者の勧誘とその後の売買勧誘とが分業化されており、売買も順次担当者が変わっていくのが常態である。しかも、被告会社では、勧誘の手法がマニュアル化しており、受託者の新規開拓をおこなうセールスマンは、上司を客に見立てて模擬商談を繰返すなどしており、本件不法行為は、被告会社の組織的連携と分担によって、おこなわれたものである。
(被告会社の反論)
本件取引における勧誘行為及び受注行為には、以下のとおり、不法行為に該当するような違法行為は一切存在しないのであって、取引によって生じた損失は、全て原告の自己責任に帰せられるべきものである。仮に、一部に違法行為を疑わせる取引があったとしても、それは極めて僅少な部分に過ぎず、本件取引全体について不法行為を構成するものではなく、個別に考察、判断されるべき問題である。
(一) 不適格者に対する勧誘の主張について
被告会社を含む商品取員各社の受託業務管理規則二条は、商品取引不適格者の防止として、①未成年者、禁治産者、準禁治産者及び精神障害者、②恩給、年金、退職金、保険等により主として生計を維持する者、③母子家庭該当者及び生活保護法被適用者、④長期療養者及びこれに準ずる者、⑤一定の所得を有しない者、⑥農業・漁業等の協同組合、信用組合、信用金庫及び公共団体の公金出納取扱者を具体的に記載している。
原告は、商業高校を卒業して、平成三年六月から「○○屋」の雇われ店長となり、平成四年五月には自らフランチャイズ店のオーナーとなり、本件取引開始時には開業一年を迎え、さらに「○○屋」を新規開業することとなっていたのであり、最初に始めた店の経営も順調であったからこそ、二店目の出店を計画したはずであって、資金的にも母親から、つなぎ資金として三〇〇万円を借り入れることになっていたのであるから、当然、母親からの借入れは一時的なものであって、近々自己資金または銀行融資を得て、店舗経営をするつもりであったことは明白である。右事実に鑑みれば、原告は年齢以上の経営手腕と経済感覚を持っていると評価すべきであって、融通資金も一般商店並みには準備できることが明らかである。
したがって、立派な経済人として自立している原告、前記①ないし⑥のいずれにも該当するものではなく、これらと同等に評価することも困難であって、不適格者には該当しない。
(二) 断定的判断の提供の主張について
被告Y1は、平成四年一二月ころから、原告に対する勧誘を開始したのであり、原告に対し、商品先物取引の仕組み、危険性、各商品市況等について十分な説明をおこなった。被告Y1やBが、原告に対し、断定的な判断を提供したことも詐言を弄したこともない。
仮に、被告Y1が勧誘に際し、断定的判断を提供したとしても、原告の利益確保を約束したものではない。そもそも、判断能力の劣る一部の人ならばともかく、一般常識人であれば、「取引商品の値が上がっても、下がっても利がある」ような取引はあり得ないものであり、そのような説明を直ちに信用することはあり得ない。
したがって、本件取引において、被告会社の外務員らに断定的判断の提供はなく、原告の主張は失当極まりない。
(三) 新規委託者保護義務違反の主張について
被告会社の内規である受託業務管理規則によれば、二一枚以上の建玉をなすには、管理担当者の判断を必要とするが、右許可を一度得れば、その後は許可を有しないものである。
本件では、被告Y1が、平成五年三月一九日の段階で、委託者調書を管理責任者である古川に提出して、同月二二日にはその承認を得ている。
よって、受託業務管理規則違反は存在しない。
(四) 断定的な判断の提供と過当取引の主張について
取引上の損失の大小は、建てた値段から動く値幅の問題であって、建玉の枚数には関係ないのであるから、損失をもって、過当取引か否かの判断をすることが失当なのは言うまでもない。
(五) 一任売買の主張について
本件取引は全て原告の了解を得た上でおこなわれており、一任売買ではない。原告は被告会社から電話があったことを供述しており、一方的な電話であるとして、直ちに本件取引の全てが一任売買であるとの結論を導くことは論理の飛躍も甚だしく、失当極まりない。
また、原告は、全て任せておけば大丈夫と言われて、被告会社側の意思によって本件取引がおこなわれたような主張をおこなうが、原告のような一般常識人が大丈夫と判断して一任売買をおこなうには、余程の得心した説明及びそれに対する理解の存在することが前提であるが、本件事実経過においては、そのような前提は全くない。
(六) 両建による因果玉の放置の主張について
取引所指示事項一〇項において禁止されているは、同一商品、同一限月について、売りまたは買いの新規建玉をした時に対応する売買玉を手仕舞いせずに両建するように勧めることであって、両建そのものが違法行為として禁止されているものではない。両建を一つの戦法(計算上の損失を現実化させず、相場の反転を待つ取引戦術)として承認していることを前提として、同時両建、因果玉の放置、常時両建を禁止しているのである。また、原告は両建が有害無意味と主張するが、両建は一つの戦法として承認されているのであり、仮に有害無意味であるならば、取引所指示事項で前面的に禁止されるところであって、その有用性、適法性は否定し得ないものである。
原告は、平成五年四月二二日以降常時両建であると主張するが、常時両建とは取引の最初から最後まで両建の状態となっているものを指すのであって、本件においては、そのような両建にはなっていない。
また、原告は、同年三月二二日のゴム六〇枚について因果玉と主張するが、この建玉は同年四月二一日までに五〇枚を仕切っており、残玉一〇枚について、五枚の反対玉を三回建てただけであって、損益勘定を誤らすためにおこなわれた因果玉の放置には該当しない。
(被告Y1)
(一) 原告に対する勧誘について
被告Y1は、「取引した商品の値が上がっても、下がっても利がある。心配ないです。他から借りてでも商品を買ってください。」といった説明をしたことはなく、そのような荒唐無稽な商品取引はあり得ず、事業所の責任者の地位にある原告が、そのように信じることなど考えられない。
被告Y1は、原告に対し、①株価の回復に伴う景気動向、②ロシア情勢の不安定要因及び③新技術の開発といった要因に基づき、パラジュウムの買建を推奨したもので、右①ないし③の要因について情報を提供したところ、原告がそれらの情報を一判断要素として、買い注文をおこなったものである。
したがって、被告Y1が詐言を弄して確実に利益が上がると原告を誤信させたことはなく、かかる原告の主張は被告Y1の名誉を棄損するものである。
(二) 継続取引について
被告会社内における被告Y1の職務分担は、潜在顧客の開拓、勧誘及び最初の受注といった新規顧客の獲得であり、最初の受注を受けた以降の顧客管理は、上級管理職の職務である。
したがって、本件においても、被告Y1は、平成五年三月一九日の先物商品であるパラジュウムの買い注文を受け、被告会社に引き継いだ時点で、職務を完了しており、その後の本件取引の受託には一切関与していない。
2 原告の損害額
(原告の主張)
(一) 原告が被告会社に対して出捐した金額(平成五年三月一九日一四〇万円、同月二二日ころ二五〇万円、同年四月一日六〇万円、同月七日四〇万円、同月三〇日六〇万円)から被告会社から、返金を受けた金額(平成五年三月二四日一〇万円、同年四月一四日五〇万円、同月一五日八〇万円)の差額四一〇万円が、原告の損害額である。
(二) 原告は、本人で本件のような専門的訴訟を遂行して本件取引の被害回復を図ることは困難であって、本件訴訟を弁護士に委任せざるを得ず、本件訴訟に要する弁護士費用は四〇万円を下らない。
第三当裁判所の判断
一 事実経過
1 前記第二の一の争いのない事実等と甲一一、一二、同一七ないし二六、同三八、同四一の一及び二、乙八、同九の一ないし三、同一〇の一及び二、同一一、一二、同一四の一及び二、証人Bの証言(後記措信できない部分を除く)、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和四五年○月○日生まれであり、b商業高等学校を卒業後、製紙会社の印刷工を経て、平成三年六月ころ、有限会社a(以下「a社」という。)に入社し、弁当販売業「○○屋」に店長として勤務していたが、平成四年五月に、a社がフランチャイズ契約を締結している「○○屋」(原告店)の権利を譲り受けて独立し、原告店を経営するようになった。原告は、右独立の際に、原告店の保証金等の開業資金約一〇〇〇万円を信用金庫から借入しており、毎月の売上金から、原告店の賃借料(月額約一六万円)、フランチャイズ料(月額約七万円)、仕入先に対する支払(平均月額一二〇万円)、アルバイト等の人件費、右借入金の返済などの支払を控除すると、原告の月収は二〇万円に満たなかった。
原告は、平成五年一月ころ、a社から、「○○屋」の権利譲渡の話を聞いて、同店は売上高の大きい店であることから、二店舗の経営を計画し、右「○○屋」の保証金三〇〇万円を原告の母親から借入することになった。
(二) 原告は、平成五年三月ころ、被告Y1から、突然、電話による商品先物取引の勧誘を受けたものの、興味がなく断っていたところ、その後も、二、三度、同被告から、電話があったことから、一度会って話だけでも聞いてみようと、同月一八日(木曜日)午後三時ころ、原告店で面談することを約した。
右同日原告店を訪れた被告Y1は、原告に対し、グラフを示して、「パラジュウムは今、底値だから、これからは上がる。エリツィンが失脚するので今は絶対に下がらない。二〇枚買うのがよい。」などと、パラジュウムをいくら買えば、いくら儲かるかメモに計算をしてみせて勧誘し、「値が下がって損をすることはないのか。」といった原告の質問に対し、「値が下がれば、追い証を払えば取引を続けられるし、売りから入れば利益が出る。やり方次第で利がある。」と答えた。約一時間にわたって、被告Y1の右のような説明を受けた原告は、先物取引が商品の値段の上がり下がりの差益で儲けがでること、一枚、二枚といった単位で商品を売り買いをすることを理解するとともに、値動きが予想に反しても、やり方によっては、儲けがなくても損をすることはなく、自信をもって説明する被告Y1を信用して取引を任せれば、値動きに対応して適切に取引をしてくれるといった感想を持ったことから、先物取引を始めてみようと考えた。しかしながら、先物取引については、右の限度の理解しか得られず、パラジュウムについての値上がりの要因についても、被告Y1の説明する事実によって何故値上がりするのかまでは理解できなかった。被告Y1は、二〇枚の買い注文で一四〇万円の委託保証金が必要であると説明し、原告が一〇〇万円位しか用意できないと答えると、「エリツィンが失脚してパラジュウムは上がるから、今がチャンスなので、借りてでも始めないといけない。借金しても大丈夫。」などと説得した。そこで、原告は、「○○屋」を新たに借りる予定があり、その保証金として、原告の母親から三〇〇万円を二、三カ月先に借入することになっていることを話したところ、被告Y1から「そのくらいの期間があれば十分。後は儲かった分で続ければよい。」と勧められたことから、被告会社に対し、パラジュウム二〇枚の買い注文の委託をおこなうこととし、右同日、原告は、同被告が示した約諾書(乙八)に署名、押印し、受託契約準則及び商品先物取引委託ガイドを受領したが、その内容については特に説明がなく、原告としては内容が理解困難であったことから、全てに目を通すことはなかった。また、原告は、後のことは被告Y1に「任せてほしい。」と言われ、同被告に任せることとした。
被告Y1は、帰社後、原告の顧客管理カード(甲一二)を作成したが、同カードには、原告の年齢を三〇歳、年収を八〇〇万円、資産を五〇〇万円と記載した。
原告は、右同日、原告の母親から、七〇万円を借り受け、翌一九日c信用金庫から借入金約一〇万円を含めた約七〇万円の払い戻しを受け(甲一九)、同日、原告店に取立てに来た被告Y1に、右一四〇万円を渡した(乙一〇の一、同一四の一)。右同日、被告会社は、被告Y1が作成した顧客カードに基づき、原告との取引を承認し、パラジュウム二〇枚の買付けをおこなった(乙九の一)。
(三) 被告Y1は、右同日(平成五年三月一九日)、原告に電話で、パラジュウムが値上がりしていることを報告するとともに、また原告店を訪問したいと申し向けてきた。
被告Y1は、平成五年三月二二日(月曜日)、原告の委託者調書(乙一七)を作成、提出して、新規委託者保護のための二〇枚の制限を越えた取引の承認を得た上、新たに二五〇万円の委託証拠金預り証(乙一四の二)を持参して、同日午後三時ころに、Bとともに、原告店を訪れ、今度は、Bが主となって、原告に対し、ゴムの値動きを記載したグラフ(甲一八)を示して、「ゴムは今が底値です。これ以上は相場が崩れるので、下がらない。」などとゴムの買建を奨励した。右グラフは、同月一五日までの値動きしか記載されておらず、同日以降ゴムは値下がりしていた(甲二五)にもかかわらず、Bは、右事実には触れず、右グラフの右端に続けて右上がりの線を書き加えて、グラフ中の最高高値である一二〇円まで値が上がるかのような説明をおこなった。パラジュウムの値が説明通り上がっていたこともあり、原告は、勧められるままにゴム六〇枚の買い注文を委託し、Bは原告店から被告会社に電話を入れて、同注文を伝えた(乙九の一)。Bは、委託保証金として二五〇万円が必要であると説明した。
原告は、右同日、c信用金庫から引き出した借入金約一〇〇万円(甲一九)と原告の母親からの借入金二五〇万円及びD(平成七年三月に原告と婚姻)からの借入金四〇万円(甲二〇)の中から、原告店の支払をやり繰りして二五〇万円を捻出し、被告会社に支払った(乙一〇の一、一四の二)が、同月二四日、余分に預かりすぎたとして、一〇万円の返金を受けた(乙一〇の一)。
(四) その後も、Bないしはその上司であるC(被告会社大阪支店副部長)から原告に対して電話があり、本件取引がおこなわれていったが、原告は、自らは取引に関する判断はできないことから、原告から指示して取引することは一度もなく、Cらに電話で勧められるままに、注文をおこなった。また、原告は、Cらから請求を受け、新規借入れをおこなったり、原告店の分点資金を流用して、別紙一覧表の入金欄記載のとおり、委託保証金の支払をおこなったが、平成五年四月に入ると、原告店の運転資金にも窮するようになった原告は、被告会社に電話して、Cに委託保証金の返金を要求したことから、被告会社は、同月一三日及び一四日に、パラジュウム二〇枚の建玉を仕切って、原告に対し、同月一四日に五〇万円、翌一五日に八〇万円を出金した。同月三〇日に、委託保証金六〇万円を取り立てに来た被告Y1は、原告に対し、「畑が四年に一度肥えるので砂糖がよい。うまく回すので委託保証金はいらない。」などと粗糖五枚の買い付けを勧めた。原告は、既に先物取引に対して不安を覚えていたが、損金が出ており取引を止めるわけにもいかず、自分自信ではどうしてよいかわからない状態となっており、同被告の勧めに従った。右注文以降は、被告からの電話自体もかからなくなって、原告は、被告から送付される売買報告書のみで取引内容がわかる状況となったが、原告としては、被告会社に電話して、「大丈夫か。」と問い合わせることしかなす術もなく、Cの「大丈夫。挽回するから。」との回答を信用する以外になかった。
(五) 原告は、原告店の運転資金のためにサラ金業者から一〇〇万円の借入(甲二一)をおこなうようになり、「○○屋」の新規開業の話も進められなくなり、母親に借入金は先物取引に使用してしまった事情を告白せざるを得なくなった。母親の勧めで、京都弁護士会の「先物取引一一〇番」の電話相談に電話した原告は、弁護士から、すぐに取引をやめるようにアドバイスを受けて、被告会社に電話してその旨を伝えたが、電話に出たCは、「損をさせたままではやめられない。これから挽回するから任せてほしい。」などと仕切らせず、原告は、取引を止めることはできないもの思って、これを了承した。さらに借金の増えた原告は、平成五年八月末、弁護士会の消費者サラ金相談窓口を訪れ、原告代理人と出会って、原告代理人から被告会社に対する同年九月六日付け内容証明郵便(甲四一の一)によって、本件取引を終了することができた。
以上の事実がそれぞれ認められる。
2 前項認定の事実に反するB証言部分(Bは、平成五年三月一九日に、原告に対し、ゴムの勧誘をおこなって、概ね了解を得ていた)は、乙一三の一七及一八の記載内容と矛盾すること、乙一四の二(委託証拠金預り証)の発行日が平成五年三月二二日となっているところ、その金額はゴム六〇枚の買建ての委託保証金額二四〇万円ではなく二五〇万円(一四〇万円との合計金額三九〇万円)となっており、同月二四日一〇万円が返金されていること、同月一九日になされたとするパラジュウムの発注に関する証言内容の変遷などの諸点に照らし、俄に措信できない。
二 被告会社従業員による勧誘及び受託業務の違法性(主たる争点1)
1 原告の適格性の有無
(一) 商品先物取引は、元本の保証もなく、かつ投機性の極めて高い取引であることは、当裁判所に顕著な事実であり、その取引の受託業務をおこなう商品取引員には、勧誘を受ける者にかかる取引をおこなうに足りる適格が備わっているか、先物取引に対する理解力、投機をおこない得る資金的余裕の有無を検討した上で、適格性を有する者に対して、勧誘をおこなうべき注意業務があると言うべきである。
(二) 前記一に認定の事実によれば、原告は、被告Y1の勧誘を受けた当時、弁当販売業の「○○屋」のフランチャイズ店の経営をおこなっていたものの、二二歳の若年であり、原告店の開業から一年ばかりで、右開業の際の一〇〇〇万円からの負債を返済中であり、毎月の収入は二〇万円程度であったこと、商業高校卒業後、印刷工と弁当販売業の職歴を有するのみで、先物取引はもとより株式取引等の知識や経験も全くなく、社会経済情勢に関する関心も低く、商品取引に対する投資に興味もあまり持ち合わせておらず、自ら学習する意欲も時間的余裕もなかったこと、自己資金は一〇〇万円が限度であり、後は、原告の母親から新規開店のための資金として借入予定の三〇〇万円の流用の余地があるものの、右は三月後には支払を予定している金銭であることが認められ、これらによれば、原告には、先物取引をおこなうに足りる知識、能力があったと認めることには疑問があり、被告Y1の「値が下がれば、追い証を払えば取引を続けられるし、売りから入れば利益が出る。やり方次第で利がある。」との説明を簡単に鵜呑みにし得る知識、理解力であったものと推認され、また、元本の保証のない商品先物取引をおこなう資金的余裕があったとも認められず、結局、原告には、商品先物取引をおうなう適格性はなかったものと言うべきである。
(三) この点に関し、被告会社大阪支店管理部係長Eは、「不適格の判断は外務員が作成する顧客カードによっておこなうものであり、外務員が顧客に対し直截に年収や資産を尋ねることもできず、外務員が委託者との間で会話を重ねることによって、判断するしかない」旨の陳述書(乙七)を提出しているが、本件においては、被告Y1は、原告と顧客カード及び約諾書作成の当日約一時間にわたって話をおこなったのみで、外見からも明らかな年齢の記載も実際とは異なっているばかりか、年収等の記載も事実と相違しており、被告Y1が呼び出しに応じないこともあって、右記載事実の推定根拠は不明であるが、被告会社においては、かかる正確性の乏しい顧客カードの記載をもって、適格者の判断をおこなっていることとなり、却って、その違法性は高いものと言わざるを得ない。
2 断定的利益判断の提供の有無
前記一に認定の事実によれば、原告は、自己資金で委託保証金の支払をおこなうことが困難である旨を告げたところ、被告Y1は「今がチャンスなので、借りてでも始めるべきである」といった勧誘をおこなっており、用意される委託保証金が、借入金であって、その金銭には別の使途があって支払時期も決まっているという説明を受けても、心配ない旨の返事をしていることは、表現として「絶対に上がる」という文言を用いなかったとしても、まさに断定的利益判断の提供にほかならない。
3 新規委託者保護義務違反の有無及び断定的利益判断の提供による過当取引の違法性の有無
(一) 新規委託者保護義務規則の二〇枚を越える取引及び右例外を許可する際の判断の瑕疵が直ちに違法行為と評価されるものとは解されないが、新規委託者が商品先物取引をおこなうことに関する適格性判断をより慎重におこない、委託者の保護と育成を図り、ひいては、商品先物取引市場の健全な発展を目指すという右規則の設定趣旨に鑑みると、商品取引員が、明らかに右規定の趣旨に違反し、委託者の能力等を無視したやり方で、追加取引の勧誘をおこなったような場合には、そのことが社会的に違法な行為と認められる余地があると言うべきである。
(二) 前記一に認定の事実によれば、平成五年三月一八日に約諾書に署名押印し、翌一九日(金曜日)に借入れをおこなって、委託保証金を支払って、パラジュウム二〇枚の買い注文をおこなったばかりであるにもかかわらず、同月二二日(月曜日)、原告の意向等を全く確認しないまま、被告会社内において、新規委託者保護規則の制限を越えた許可を取得し、二五〇万円相当の委託証拠金預り証を準備して、被告Y1及びBが、原告店を訪問し、ゴム六〇枚の買い付けを推奨していること、事実と異なるゴムの値動きの説明をおこなったこと、原告は支払予定の決まっている借入金を流用して委託保証金の金策することを少なくとも被告Y1は知悉していたこと、前記制限の例外許可は、前記の顧客カードの記載と同様、根拠を有しないない年収、資産の記載をもとに判断されたことが認められ、以上によれば、右同日の勧誘は、前記新規委託者保護、育成の趣旨に明らかに反したものであり、社会的に違法な勧誘及び当事者受託行為であると言うべきである。
4 実質的一任売買及び両建による因果玉の放置の違法性の有無
前記一に認定の事実によれば、平成五年四月三〇日以降、取引毎に原告の承認が得られていたとは認められないこと、同時期ころから、両建がおこなわれた事実が認められるが、右をもって、直ちに違法な行為であると認めるに足りる事情は明らかではない。
5 以上の検討結果によれば、被告会社従業員は、商品先物取引に対する知識、経験及び理解力並びに資金的余裕の観点から先物取引をおこなう適格性を有しない原告に対し、商品先物取引の仕組みや危険性についての十分な説明業務を尽くさず勧誘をおこない、借入金である事業資金を流用させてまで、取引開始後短期間のうちに取引量を拡大させ、その後の取引においても、自主的な意思決定能力に欠ける原告との間で、一任売買の形態で取引を継続したものであって、このような勧誘及び取引受託業務といった本件取引の全過程における行為は、一連の行為として、全体として違法なものと言うべきである。
三 被告らの責任
被告Y1は、主として最初の勧誘者として本件取引に関与しているものであるが、被告会社の営業形態、本件取引の経過等に鑑みると、前記違法行為は、被告会社の営業方針に基づき、その業務遂行として、被告Y1、B、Cを中心に組織的なされたものであり、被告らは、右一連の違法行為による原告の損害について共同して賠償責任を負担すると言うべきである。
四 原告の損害額(主たる争点2)
前記第二の一の争いのない事実等によれば、本件取引に関し原告が被告会社に対して出捐した金額五五〇万円(平成五年三月一九日一四〇万円、同月二二日ころ二五〇万円、同年四月一日六〇万円、同月七日四〇万円、同月三〇日六〇万円)から返金を受けた金額一四〇万円(平成五年三月二四日一〇万円、同年四月一四日五〇万円、同月一五日八〇万円)を控除した金額は四一〇万円であり、前記二に検討の結果によれば、被告らの前記違法行為がなければ、原告は本件取引をおこなって、かかる支出をすることはなかったと認められることから、右金額は、被告らの前記不法行為によって原告の被った損害と認められる。
また、原告代理人が、原告から、本件提訴及び遂行の委任を受けたことは本件訴訟記録上明らかであり、本件の全事情を斟酌すれば、本件不法行為による損害賠償として原告が請求し得る弁護士費用は、原告主張の四〇万円をもって相当と認める。
なお、原告が被告Y1及びBの話に乗ったことは軽卒であったとも言えなくはないが、本件における被告Y1らの勧誘及び受託業務行為、原告の商品先物取引に対する知識及び経験、商品取引業界の現状を総合斟酌すれば、原告にはいまだ過失なしとするのが相当である。
五 以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 比嘉一美)
<以下省略>